東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)81号 判決 1983年2月28日
東京都新宿区百人町一丁目二二番二七号
原告
株式会社 総合医学会
右代表者代表取締役
杉山仁治
右訴訟代理人弁護士
佐藤寛蔵
同
山下純正
同
井上捷太郎
同
岡田優
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右指定代理人
布村重成
右
重野良二
右
屋敷一男
右
白藤茂
右
楠正博
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
原告の別紙目録記載の各法人税の納付債務が存在しないことを確認する。
二 被告
主文同旨
第二原告の請求原因
一 原告は、昭和三五年一〇月一七日訴外医療法人社団総合会(開設病院の名称日野クリニック。以下「日野クリニック」という。)のための医療品購入及び医療用設備の賃貸、不動産の所有・賃貸等を目的として設立された会社である。原告の昭和四八年五月一日から昭和四九年四月三〇日までの事業年度(以下「昭和四九年四月期」という。)及び昭和四九年五月一日から昭和五〇年四月三〇日までの事業年度(以下「昭和五〇年四月期」といい、昭和四九年四月期と併せて「本件各係争年度」という。)の各法人税の確定申告(以下「本件確定申告」という。)及び修正申告(以下「本件修正申告」という。)並びに所轄淀橋税務署長の過少申告加算税賦課決定処分の経緯は、次表(以下「第一表」という。)のとおりである。
昭和四九年四月期分
<省略>
昭和五〇年四月期分
<省略>
二 しかしながら、本件修正申告は、次のとおり無効である。
1 本件修正申告の経緯
(一) 原告は、昭和四八年一一月日野市旭が丘三丁目一番地二五に多摩健康増進センタービル(地下一階・地上七階、総床面積一万〇〇八七・七九平方メートル。以下「本件建物」という。)を建築し、同月一日日野クリニックとの間で、本件建物の三階ないし五階の一部について賃貸借契約を締結し、更に同日株式会社多摩健康増進センター(以下「センター」という。)との間で、その残りの部分について賃料月額二〇〇万円で賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。
(二) 原告がセンターとの間で賃料を月額二〇〇万円と約定した理由は、次のとおりである。
センターは、体力増強による健康開発、健康診断等を事業目的として資本金二〇〇〇万円で設立されたが、本件建物の建築前後から地元医師会の一部が右事業内容に関して反対運動を展開し、官庁、金融機関をはじめ企業、健康保険組合等に対して積極的な働きかけをして営業妨害を行った。これに加えて、本件賃貸借契約の締結当時は、これから本格的な営業を開始するという時期でもともと資金力が不十分な上に、折りからのいわゆるオイルショックによる不況に見舞われ、当初見込んでいた法人会員・一般会員権の売上げが伸びなかった。このような事情から、センターの業績は悪く、しかも当分の間はその好転が期待できない状況であった。そこで、原告は、右のような特別の事情を配慮して、センターの営業が軌道に乗るまでの間暫定的に賃料を月額二〇〇万円とすることに合意した。したがって、原告がセンターとの間で賃料をやや低額の月額二〇〇万円に約定したのは、合理的な理由がありやむを得ない措置であったというべきである。
(三) ところが、センターは、その後になっても業績が一向に回復せず、恒常的な資金不足に陥っていたので、原告としては賃料を増額改定することができず、本件各係争年度を通じてそのまま据え置かざるを得なかった。すなわち、センターの昭和四八年一〇月一日から昭和四九年九月三〇日までの事業年度の売上金は四七八一万七八二九円にすぎなかったのに対し、販売費及び一般管理費は一億九八六九万六〇一九円で、損失は一億四九九七万五五二五円に上った。これに前事業年度の損失九六三万五〇五五円を併せた次年度の繰越損失は一億五九六一万〇五八〇円であった。更に、次年度の昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年九月三〇日までの事業年度においても、大幅な赤字経営が続き、同年度の損失は一億〇一六六万二〇六三円で、累積欠損金は二億六一二七万二六四三円となった。こうした事情を考慮すると、原告センターとの間で本件賃貸契約の賃料を増額改定しなかったのは、合理的な理由がありやむを得ないところというべきである。
(四) 原告は、本件各係争年度の法人税の確定申告に当たり、本件賃貸借契約の賃料収入につき約定賃料の月額二〇〇万円を基礎として所得金額を計算し、原告の納税地を所轄する淀橋税務署長に第一表記載のとおりの所得金額及び法人税額を内容とする本件確定申告書を提出した。
(五) 淀橋税務署(以下「署」という。)の所部係官(以下「係官」という。)は、本件各係争年度に係る法人税の調査を実施し、昭和五〇年一一月原告の委任した訴外石田五郎税理士(以下「石田税理士」という。)を署に呼び出し、十分な調査資料がなかったのに同税理士に対し、本件確定申告の内容となっている原告のセンターに対する賃料は世間の一般常識あるいは原告の日野クリニックに対する賃料と比較して不当に低すぎる、正常賃料は月額二二〇〇万円余りであると一方的に断定し、更に他の修正すべき事項について指摘した上、これらの点を早急に是正し改めて修正申告書を提出するよう強要し、もし、修正申告に応じなければ、青色申告承認取消処分や、正常賃料との差額相当分について原告に対する寄付金損金不算入の更正及びセンターに対する贈与税の課税決定、更には同族会社間の第二次納税義務の適用決定をするなどと明言して威迫し、修正申告を強要した。しかしながら、係官のいう正常賃料なるものは十分な認定資料に基づく客観的な判断とはいえず、むしろ前記の事情に徴すれば、原告の約定賃料こそが正当な金額であったのであるから、原告としては本来右の指導に従う必要は全くなく、その結果更正処分をされれば行政不服審査及び行政訴訟を提起し、本件確定申告の正当性を主張して争えば足りたのである。
(六) しかるに、石田税理士は、税務法規の知識が不十分な上、開業間もなくのことで実務経験が浅かったことから、係官の前記威圧的な言動にすっかりろうばいし、指導が正しいものと誤解してしまった。そして、石田税理士は、そのころ当時の原告代表者牧野アツとその夫で原告取締役の牧野總一郎に対し、係官からいわれたままに、もし修正申告に応じなければ前記のような更に厳しい措置を受けることになる旨を強調して、係官の指導に従って修正申告書を提出するよう勧めた。牧野アツは、係官の指摘した修正申告の具体的な内容がいかなるものであるかを正しく理解していなかったが、石田税理士の説明する厳しい措置を回避するためには修正申告が必要と誤信し、同税理士に修正申告を依頼した。
(七) 石田税理士は、原告のセンターに対する賃料は月額二〇〇〇万円が正しいとし、確定申告した月額二〇〇万円との差である月額一八〇〇万円に賃貸月数を乗じて得た額を未収賃料としてこれを所得金額に加算し、他の修正事項と併せて昭和五〇年一一月二〇日本件修正申告をした。
2 無権代理
原告は、石田税理士に本件修正申告に関する代理権を授与したが、それは原告代表者牧野アツが同税理士からセンターに対する賃料を世間並みに申告しなければ厳しい措置を受けることになるとの説明を受け、修正申告の必要がないにもかかわらずその必要があるものと誤信したことによるのであるから、右代理権授与の意思表示は要素の錯誤により無効である。したがって、石田税理士による本件修正申告は無権代理行為というべきである。
3 心裡留保、虚偽表示
原告は1で述べたような事情で本件修正申告をしたもので、本件修正申告は原告の真意によるものではなく、淀橋税務署長もそのことを知っていたのであるから、本件修正申告は民法九三条又は九四条の規定により無効である。
4 強迫
係官は、前記のとおり原告代理人の石田税理士に対し、早急に修正申告書を提出するよう強要し、もしこれに応じないときは更に厳しい措置も辞さない意向を示して原告に圧力をかけ修正申告を強制した。その結果、原告は、やむなく本件修正申告をしたものである。係官の右行為は民法九六条の強迫に当たるところ、原告は昭和五四年九月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において、強迫を理由に本件修正申告を取り消す旨の意思表示をした。
三 本件修正申告のうち、未収賃料については課税根拠が存在しない。すなわち、本件修正申告に当たって、原告はセンターとの間で賃料を月額二〇〇万円から二〇〇〇万円に増額することについて全く協議していないから、本件修正申告書に記載した未収賃料はそもそも発生していない。しかも、センターは、本件各係争年度当時もその後も極端な債務超過で支払能力を欠如しており、本件修正申告直後の昭和五〇年一二月と昭和五一年一月に不渡りを出したため、同月七日銀行取引停止処分を受けてついに倒産し、一切の債務の支払いを拒否し間もなく事業を閉鎖した。その結果、原告のセンターに対する未収賃料は完全に回収不能となった。したがって、本件修正申告のうち未収賃料に対して課税することは許されないというべきである。
四 よって、原告は被告に対し、本件修正申告により増加した別紙目録記載の法人税の納付債務が存在しないことの確認を求める。
第三請求原因に対する認否
一 請求原因一は認める。
二 同二1(一)は認める。同(二)及び(三)は不知。同(四)は認める。同(五)のうち、係官が、本件各係争年度の法人税の調査を実施した上、昭和五〇年一一月原告の委任した石田税理士に対し修正申告をするよう指導したことは認めるが、その余は否認する。同(六)は否認する。同(七)は認める。
三 同二2のうち、原告が石田税理士に本件修正申告に関する代理権を授与したことは認めるが、その余は否認する。
四 同二3、4は否認する。
五 同三は否認する。
第四被告の主張
一 本件修正申告による修正内容
本件修正申告によって原告が修正した内容は、次表(以下「第二表」という。)のとおりである。
昭和四九年四月期分
<省略>
昭和五〇年四月期分
<省略>
<省略>
二 本件修正申告の内容の正当性
本件修正申告の経緯は、次のとおりである。
1 原告は、昭和四八年一一月一日本件建物の一部(三階ないし五階のうち、床面積二四二六・三五平方メートル)を日野クリニックに賃料月額七〇〇万円(一平方メートル当たり二八八五円)で、また、同日その余の部分(床面積七六六一・四四平方メートル)をセンターに賃料月額二〇〇万円(一平方メートル当たり二六一円)でそれぞれ賃貸した(いずれも保証金等の授受はなかった。)。
2 前記各賃貸借契約の内容からも明らかなとおり、原告のセンターに対する賃料は、日野クリニックに対するそれと比較して十分の一にも満たない著しく低廉な金額であったこと、しかも、センターは賃借部分の一部(一階の一部、床面積二八一・六一平方メートル)を訴外株式会社東天紅(以下「東天紅」という。)に転貸し、その実質賃料は後記3(三)のとおり一平方メートル当たり月額二六一二円であったこと、このように原告がひとりセンターに対してのみ低廉な賃料で賃貸すべき特段の合理的事情は存在しなかったことに照らすと、合理的な経済人である営利法人としての原告がセンターに対して賃貸したごとき内容の契約を締結することは、極めて不自然かつ不合理である。
3 そこで、原告の本件各係争年度の法人税の調査を担当した係官は、本件建物の近隣の貸ビル及び本件建物と同規模程度の貸ビルについて賃料等を調査するなどして検討した上、日野クリニックに対する賃貸価額を本件建物についての合理的な正常賃料であると認め、これを基礎として計算した賃料と原告がセンターから収受していた賃料との差額は経済的利益の供与として原告からセンターに対する法人税法三七条の寄付金に該当し、同条の規定により損金不算入となる分は所得金額に加算すべきものと判断した。右の正常賃料及び経済的利益の供与の額については、次のとおり算定した。
(一) 昭和四九年四月期
(1) 日野クリニック貸付分 床面積二四二六・三五平方メートル、賃料月額七〇〇万円(一平方メートル当たり二八八五円)
(2) センター貸付分 床面積七六六一・四四平方メートル、賃料月額二〇〇万円(一平方メートル当たり二六一円)
(3) (1)を基準にした場合の(2)の賃料月額 二二一〇万二〇〇〇円
<省略>
(4) 経済的利益の供与の額 一億二六一二万円
(平常賃料) (約定賃料) (差額賃料)
22,102,000円-2,000,000=20,102,000円
(48年11月から49年4月までの月数)
20,102,000円×6か月=126,120,000円
(二) 昭和五〇年四月期
右同様の計算によりその経済的利益の供与の額は二億四一二二万四〇〇〇円である。
(49年5月から50年4月までの月数)
20,102,000円×12か月=241,224,000円
(三) なお、東天紅に対する実質賃料の額については、次のように計算した。
(1) 東天紅が昭和四九年四月から昭和五〇年二月までセンターに対して支払った賃料合計額五一五万七三四一円を一一で除した額四六万八八四九円
この計算は、東天紅との賃貸借契約はその賃料が東天紅の毎月の売上げ額にスライドしていたことによるためである。
(2) 東天紅が差し入れた保証金(無利息)四〇〇〇万円の経済的利益を年八パーセントとして換算した額三二〇万円を一二で除した額二六万六六六七円
(3) (1)と(2)の合計額七三万五五一六円をその転貸借している面積二八一・六一平方メートルで除した二六一二円を実質的な月額賃料とした。
4 係官は、右の経済的利益の供与のほか、調査により明らかとなった修正すべき事項を原告に説明し、修正申告をしようようすべく原告と連絡していたところ、石田税理士が原告の委任を受けて来署したので、前記3の経済的利益の供与のほか、調査の結果判明した修正すべき事項全般について説明し、特に経済的利益の供与の扱いについて原告と十分検討するよう要請した。石田税理士は、係官指摘の点について自ら調査し、税理士業界の権威者に質問するなどして研究した後、昭和五〇年一一月五日再び来署し、原告代表者牧野アツから本件各係争年度に係る法人税に関する申告・請求・不服申立て・調査立会及び申告書・申請書・請求書等税務書類を作成することの権限の委任を受けたことを証する同年一〇月三〇日付け委任状を係官に提出し、本件各係争年度に係る法人税調査の結果について更に説明を求めた。これに対し、係官は、調査の結果を説明するとともに、具体的に修正すべき事項を示して本件各係争年度に係る法人税の修正申告書を提出するようしようようした。
5 同年一一月一一日、石田税理士は、係官から受けた説明の内容を書面にまとめた上、これを牧野アツ及び原告の取締役牧野総一郎に手渡して内容を報告するとともに、これに対する原告側の対応について指示を求めたところ、同人らから、原告のセンターに対する賃料は月額二〇〇〇万円が相当であるので同額に訂正し、訂正後の賃料を基準として計算した賃料額と既に原告が賃料として益金の額に計上した額との差額に相当する金額を申告するとともに、右賃料以外の修正すべき事項についても訂正する修正申告書を作成して淀橋税務署長に提出するよう指示された。そこで、石田税理士は、同月一九日本件各係争年度に係る法人税について、右指示にそった本件修正申告書を作成し、牧野アツにその内容を説明して提出についての承諾を得、同人の署名、押印を受けて同月二〇日これを淀橋税務署長に提出した。
6 本件修正申告の内容は、係官が石田税理士に説明した法人税法三七条に規定する寄付金の損金不算入分を所得金額に加算するというものではなく、センターに対する賃料を月額二〇〇〇万円とし、従前収受していた賃料との差額(月額一八〇〇万円)を未収賃料としたものであった。したがって、本件修正申告は、原告において正常な賃料額はいくらであるかを十分に吟味検討した上、従前収受していた賃料との差額分を未収賃料として計上したものであるから、これは、原告自らの責任と判断に基づいてなされたものというべきである。しかして、係官は、本件修正申告の額がしようよう金額と大差がないこと及びこれを寄付金とすべきか、あるいは未収賃料とすべきかについては、原告の判断を尊重しても差し支えないと考え、本件各係争年度に係る課税については、本件修正申告どおりの処理をしたものである。
三 無権代理の主張について
原告は、石田税理士による本件修正申告は無権代理行為である旨主張する。
しかしながら、前記のとおり原告代表者の牧野アツは、昭和五〇年一〇月三〇日石田税理士に対し、本件各係争年度に係る法人税の修正申告を行うについて代理権を授与し、同税理士から本件修正申告の内容について説明を受け、修正申告することを承諾したのであるから、原告は石田税理士を代理人として本件修正申告をしたものであることが明らかである。
四 心裡留保、虚偽表示の主張について
原告は、本件修正申告は民法九三条又は九四条の規定により無効である旨主張する。
内国法人は、各事業年度終了の日の翌日から二月以内に、納税地を所轄する税務署長に対し、確定した決算に基づき当該事業年度の課税標準等及び法人税額等を記載した申告書に、当該事業年度の貸借対照表、損益計算書その他大蔵省令で定める書類を添付して提出しなければならない(法人税法七四条・国税通則法二一条)こととされており、右申告手続を経ることにより、当該事業年度の納付すべき法人税額が確定される(国税通則法一五条)ものである。しかし、右手続を経た後において、申告書に記載した課税標準等又は法人税額等のうちに誤りを発見した場合、これが是正措置として、課税標準等又は法人税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告により納付すべき税額が過大であるとき、あるいは当該申告書に記載した純損失等の金額が過少であるときには、法定申告期限から一年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は法人税額等について減額更正をすべき旨の請求をすることができることとなっており(同法二三条)、また、税務署長に提出した申告書記載の納付すべき法人税額に不足額があるとき又は純損失等の金額が過大であるときには、その申告について更正の通知があるまでは当初の申告書に記載した課税標準等又は法人税額等を修正する旨の申告書を提出することができることとなっている(同法一九条)のである。
ところで、申告納税制度は納税義務者が、自から課税標準又は税額等の基礎となる課税要件事実を確認した上これを税務官庁に通知することにより、その申告に係る納税義務の実現をはかるものであるところ、法人税法が前述のとおりの申告納税制度を採用し、申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けた所以は、法人税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いるおそれがないと認めたからにほかならないからである(最高裁判所昭和三九年一〇月二二日第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二ページ)。したがって、かかる制度の下における私人の公法行為である納税申告行為について、取引の安全を保護するために設けられた民法の意思表示に関する規定が適用されるものとは解し難いのである。もっとも、修正申告も一つの意思行為であるから、修正申告をする意思がない場合において修正申告をしたというような場合には、心裡留保等の規定の類推適用を検討するに値する余地はあるかも知れないが、原告の主張は要するに本件修正申告の内容の一部に原告の見解と異なるものがあったというにすぎないのであり、本件修正申告の意思を欠いたものということはできないから、前記法定手続により修正申告書の記載内容の過誤を是正すべきものである。
五 強迫の主張について
原告は、本件修正申告の強迫によってなされたものであるから、民法九六条の規定によりこれを取り消す旨主張する。
しかしながら、本件修正申告書が提出された経緯は前記のとおりであって、係官が原告に対して本件修正申告をするにつき強迫・強要したことはない。また、そもそも、申告行為には前記のとおり民法の意思表示に関する規定を適用することはできないから、本訴において申告行為を取り消すということはあり得ない。
六 課税根拠不存在の主張について
原告は、本件修正申告のうち、未収賃料に対して課税することは許されない旨主張する。
しかしながら、原告は自らの意思と責任において正常な賃料と従前賃料との差額を未収賃料として計上し本件修正申告をしたものであるから、これに基づいて課税できることは当然である。なお、原告のセンターに対する未収賃料債権が貸倒れの事実の発生した日の属する事業年度において損金処理ができることはいうまでもないところ、本件各係争年度に右未収賃料が貸倒れとなった事実はない。そして、仮に、本件各係争年度の後に貸倒れの事実が発生したとしても、右貸倒れの発生した日の属する事業年度において貸倒損失を計上することに代え、数年前に遡及させて債権の発生を取り消すというがごとき税務処理をなし得るものではない。この場合には、貸倒損失を計上して、その結果、欠損金額が生じた場合に欠損金の繰戻しによる法人税額の還付あるいは欠損金の繰越しによる所得金額の控除の制度によるべきものなのである。いずれにしても、未収賃料に対して課税できないとする原告の主張は失当である。
第五被告の主張に対する認否及び反論
一 被告の主張二1のうち、原告が昭和四八年一一月本件建物の一部を日野クリニックに、その余の部分を賃料月額二〇〇万円でセンターにそれぞれ賃貸したことは認めるが、その余は否認する。
二 同二2、3は否認する。
被告が正常賃料と主張する額は合理的根拠のないものである。すなわち、本件建物の建築価額は約一五億円で、その敷地価額は二億円であるから、これを単純に合算すれば約一七億円となる。そして、不動産収益の平均利廻りは通常年七・八パーセントとされているから、仮に八パーセントとすれば、本件建物及びその敷地の不動産収益は年額一億三六〇〇万円(月額一一三六万円)となる。一方、被告がセンターに対する正常賃料と主張する約二二〇〇万円(正確には二二一〇万二〇〇〇円)と日野クリニックに対する約定賃料と主張する七〇〇万円を合算すれば、月額約二九〇〇万円、年額三億四八〇〇万円となり、実に二〇・四七パーセントの利廻りになるのであって、これが合理性のないものであることはいうまでもない。
三 同二4のうち、石田税理士が昭和五〇年一一月出署したことは認めるが、その余は否認する。
四 同二5のうち、石田税理士が昭和五〇年一一月二〇日本件修正申告書を提出したことは認めるが、その余は否認する。
五 同二6は否認する。
六 同三ないし六は否認する。
第六証拠
証拠は、本件記録中の書証・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因一は、当事者間に争いがない。
二 本件修正申告の経緯
原告は本件修正申告は無効である旨主張するので、まず本件修正申告の経緯についてみるに、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、官公署作成部分の成立に争いがなくその余の部分は証人石田五郎の証言により成立が認められる甲第五号証、成立に争いのない乙第一ないし第五号証、官署作成部分の成立に争いがなくその余の部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第七号証、乙第七号証により原本の存在及び成立が認められる乙第六号証、証人石田五郎、同牧野アツ、同牧野総一郎の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 原告は、昭和四八年一一月一日その所有に係る本件建物の三階ないし五階のうち床面積二四二六・三五平方メートルを日野クリニック(代表者牧野総一郎)に賃料月額七〇〇万円(一平方メートル当たり二八八五円)で賃貸し、また、同日本件賃貸借契約により本件建物のうちその余の部分床面積七六六一・四四平方メートルをセンター(代表者牧野総一郎)に賃料月額二〇〇万円(一平方メートル当たり二六一円)で賃貸した(以上のうち、原告が昭和四八年一一月本件建物のうち三階ないし五階の部分を日野クリニックに賃貸し、同日その余の部分をセンターに賃料月額二〇〇万円で賃貸したことは、当事者間に争いがない。)。
2 センターは、原告の取締役であると同時に原告代表者牧野アツの夫である牧野総一郎が代表取締役を勤める会社であるところ、原告は、本件賃貸借契約に当たり、健康開発等を事業目的として設立されたセンターがこれから本格的営業を始めるというところであり、いわゆるオイルショックによる不況の影響で法人・個人会員の加入が予想以上に伸びず、業績不振の心配される状況にあることを配慮して、暫定的に低額な賃料で賃貸することにした。
3 原告は、本件各係争年度の法人税の確定申告に当たり、本件賃貸借契約による賃料収入については約定賃料の月額二〇〇万円を基礎として所得金額を計算し、所轄の淀橋税務署長に昭和四九年四月期については昭和四九年七月一日に、昭和五〇年四月期については昭和五〇年六月三〇日にそれぞれ第一表記載のとおりの所得金額及び法人税額を内容とする確定申告書を提出した(この点は当事者間に争いがない。)。
4 原告の法人税調査を担当した係官は、調査の結果、原告のセンターに対する一平方メートル当たりの賃料が日野クリニックに対するそれの約一一分の一と著しく低廉であること、一方、センターは賃借部分の一部を東天紅に転貸しており、その賃料の額と東天紅から差入れを受けた無利息の保証金四〇〇〇万円に対する年八パーセントの経済的利益の額とを合算すると月額一平方メートル当たり約二六〇〇円となり、日野クリニックの賃料に比較的近似した額になること、近隣にある同規模、同程度の賃料を参酌すると、日野クリニックに対する賃料は正常な額であるが、センターに対する賃料は著しく低額で、このような低額で賃貸すべき合理的な理由が見当たらないこと等の事実が明らかになった。これらの点から、係官は、原告のセンターに対する低賃料は原告の合理的な経済人としての判断によって決定されたものではなく、専ら関連会社であるセンターの負担能力のみを基準として決定されたものであるから、原告のセンターに対する正常な賃料は日野クリニックに対する賃料を基準として算定すべきであると判断し、原告のセンターに対する約定賃料と正常賃料との差額分は、原告のセンターに対する経済的な利益の供与として法人税法三七条の寄付金に当たるものであり、そのうち同条の規定による損金不算入分を所得金額に加算すべきものと認めた。そして、右の正常賃料及び経済的利益の供与の額については、被告の主張二3のとおり計算した。なお、本件確定申告書には、右のほかに、第二表の「修正申告における加算額」(但し、<1>を除く。)・「修正申告における減算額」欄記載の項目及び金額について脱漏のあることが認められた。以上の結果に基づいて、係官は、昭和五〇年四月期の本件確定申告書が提出されて間もなく原告に対し、修正すべき事項について説明したいので署に出頭するよう要請した。
5 原告は、同年一〇月一日から税理士を開業し日野クリニックの税務顧問として修正申告書の作成に当たっていた石田税理士に対し、同月三〇日本件各係争年度の法人税の申告、申告書作成等に関する税務事務について代理権を授与してその事務処理を委任し、本件各係争年度ごとに委任状を作成した。右の委任状には、石田税理士を代理人と定め本件各係争年度の法人税について「1本件に関する申告・申請・請求・不服申立て・調査立会、2本件に関する申告書・申請書・請求書等税務書類の作成」の権限を委任する旨記載されている。委任を受けた石田税理士は、同日早速署へ赴き、係官から前記修正すべき事項の全般について概略の説明を受け、修正申告書を提出するようしようようされた。
6 石田税理士は、係官から指摘された事項を書面にまとめ、翌三一日午前原告代表者の牧野アツ及び原告取締役兼センター代表者の牧野総一郎に会い、同人らに右書面を手渡して約一時間にわたりその内容を説明した。そして、更に権威のある専門家の意見を聞くため、同日午後東京税理士会主催の無料税務相談に出かけ、先輩税理士の見解を聴取した。その結果、石田税理士は、係官の指摘は正当であり結局は修正申告書を提出するほかないものと考えるようになった。
7 石田税理士は、同年一一月五日再度署へ赴き、前記委任状を提出し、係官から調査結果について更に詳しく説明を受けた。席上、係官は、原告のセンターに対する賃料(坪当り八六一円)は日野クリニック、東天紅及び近隣の賃貸ビルの賃料と比較して著しく低廉であり、日野クリニックに対する賃料(坪当たり九五〇〇円)が正常な賃料と認められること、したがって、センターに対する約定賃料と正常賃料との差額分は原告のセンターに対する経済的な利益の供与として法人税法三七条の寄付金に当たり、一定額以上は損金に算入されないから、損金不算入分を所得金額に加算すべきこと、本件確定申告書には、右の点以外に修正すべき事項があることを具体的に数字を示して説明した上、指摘にそう内容の修正申告書を提出してもらいたい、もし原告がこれに応じなければ更正することになる旨伝え、修正申告に応ずるか否かを早急に検討して回答するよう要請した(以上のうち、石田税理士が昭和五〇年一一月署に赴き、係官から修正申告するよう指導されたことは、当事者間に争いがない。)。
8 そこで、石田税理士は、係官の説明内容を書面にまとめて翌六日午前牧野アツ、牧野総一郎に会い、右書面を手渡してその内容を詳細に報告し、修正すべき事項について逐一説明した。その際、石田税理士は、更正を受けると、センターに対する約定賃料と正常賃料の差額分について、原告の側では寄付金となり、一定額以上が損金に算入されず、損金不算入分につき課税され、センターの側でも受贈益として収益に計上され、双方で課税の対象とされるおそれがあること、一方約定賃料を正常賃料に改定し差額分を未収賃料として修正申告すれば、原告の側では益金となるが、センターの側では賃料債務として損金に計上されることになり、両社併せれば損益相殺になること、また、修正申告すれば徴収猶予を受けることもできることなどの趣旨を説明し、結論として未収賃料として修正申告するのが得策である旨を述べた。石田税理士は、同月一一日にも同様の説明を行った。牧野アツ、牧野総一郎夫婦は、右の報告及び説明を聞いて協議した結果、本件賃貸借契約の賃料を契約時から月額二〇〇〇万円とし、申告賃料月額二〇〇万円との差額である月額一八〇〇万円に賃貸月数を乗じて得た額を未収賃料として所得金額に加算し、他の修正事項と併せて修正申告に応ずることを決定し、石田税理士に修正申告書の作成を指示した。石田税理士は、同月一九日第二表の記載を内容とする本件修正申告書を作成し、翌二〇日の午前中にこれを牧野アツに示し、記載内容について説明し納得を得た上同人の署名押印をもらい、同日淀橋税務署長に提出した(以上のうち、原告が本件修正申告書を昭和五〇年一一月二〇日淀橋税務署長に提出したことは、当事者間に争いがない。)。
9 係官は、本件修正申告が経済的利益供与のうち法人税法三七条の規定による寄付金の損金不算入分を所得金額に加算するというものではなかったが、係官のしようようした金額と大きな差はなかったのでこれを正当と認めた。
三 無権代理について
二記載の認定事実によれば、原告が石田税理士に対し本件修正申告の代理権を授与したことは明らかであり、また、石田税理士は原告代表者牧野アツに本件修正申告の内容を説明し、本件修正申告書にその署名捺印を得ているのであるから、本件修正申告が代理権限を踰越したものでないことも明らかである。なお、証人牧野アツ及び同牧野総一郎は、原告代表者の牧野アツは石田税理士が作成した本件修正申告書の記載内容を理解しないまま、係官や同税理士から心理的に追いつめられてやむなく署名押印した趣旨の供述をしているが、前記認定事実に照らし措信できない。
原告は、牧野アツが、石田税理士から、センターに対する賃料を世間並みに申告しなければ、青色申告承認取消処分、センターに対する贈与税の課税決定、同族法人間の第二次納税義務の適用決定等の厳しい措置を受けることになると説明され、修正申告の必要がないにもかかわらず、その必要ありと誤信したため、同税理士に代理権を授与したもので、右代理権の授与は要素の錯誤により無効である、と主張する。
しかし、石田税理士が牧野アツに対し、センターに対する贈与税の課税決定や同族法人間の第二次納税義務適用決定を受けることになる旨説明したことを認むべき証拠はない。証人牧野アツは、センターに対する贈与税の課税決定を受ける旨説明されたと証言するが、前掲各証拠に照らし措信できない。なお、証人石田五郎の証言によれば、石田税理士は、原告の帳簿書類が不備であるところから、更正を受ければ青色申告承認の取消しを受けるおそれのあることを説明したことが認められるが、その説明に特別非とすべき点は認められない。
ところで、石田税理士が牧野アツに対し、センターに対する約定賃料と正常賃料の差額分について、原告側では寄付金として一定額以上が損金不算入となり、損金不算入分について課税され、センター側でも受贈益として益金に計上されて課税の対象とされるので、約定賃料を正常賃料に改定して差額分を未収賃料として修正申告するのが得策である旨説明したことは、前記認定のとおりである。法人税法二二条二項の解釈として、法人が合理的経済目的も存しないのに資産を低額で賃貸した場合には、当該資産につき通常収入すべき正常賃料を収益として計上し、益金に算入すべきである。そして、正常賃料と実際の約定賃料の差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる部分は、法人税法三七条六項の規定により寄付金とみなされ、企業会計は損金に計上すべきものであるが、同条二項の規定により法人税の計算上は一定額以上が損金に算入されず、損金不算入分が所得金額に加算されて課税の対象となるものである。これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告のセンターに対する月額二〇〇万円の賃料は合理的な経済取引によって定められたものではなく、センターが原告の関連会社であったことから特別に低廉に定められたことが明らかであり、また、係官はセンターに対する賃貸部分の正常賃料を月額二二一〇万二〇〇〇円と算定しているところ、この額は本件建物の日野クリニックに対する賃料を基礎とし、更にセンターの東天紅に対する転貸賃料を参酌して算定されたもので一応の合理性を有し、センターに対する賃貸部分の正常賃料は右の額に近いものということができる。そうだとすれば、原告としては、右の額に近い賃料センターに対する賃貸部分につき通常収入すべき正常賃料として収益に計上し、正常賃料と約定賃料の差額分を寄付金として損金に計上した上、法人税三七条の規定により損金不算入となる分を所得金額に加算すべきであったといえる。すなわち、原告は、二二一〇万二〇〇〇円に近似する額から二〇〇万円を減じ、これに賃貸月数を乗じて得た額のうち、法人税法三七条二項の規定により損金不算入となる分を所得金額に加算して修正申告すべきであったのである。なお、センターの側では、右の差額分を受贈益として収益に計上すべきであるとしても、その場合は正常賃料を費用として計上することになるので、結局は課税対象とならず、この点に関する石田税理士の説明はやや適切さを欠いたものといえる。しかし、原告は、いずれにしても修正申告すべきであったのであるから、石田税理士の説明は結論において正当といえる。また、石田税理士の助言は、寄付金の損金不算入分を修正申告するかわり、約定賃料を正常賃料に改定し、差額分を未収賃料として修正申告するというものであるが、未収賃料とすれば、後の事業年度において貸倒れの事実が発生した場合に、それを損金に算入し、欠損金額が生じたときは、欠損金の繰戻しによる法人税額の還付を受け、あるいは欠損金の繰越しによる所得金額の控除を受けることが可能となり、原告に有利な面がある。そして、修正申告すれば、青色申告承認の取消しを事実上免れ、徴収猶予を受けることが可能となるのであるから、修正申告を勧めた石田税理士の助言は適切であったといえるのである。以上のように、原告は、もともと修正申告をすべきであり、修正申告しなければ更正を免れなかったところ、センターに対する賃料を係官指摘の額より低い月額二〇〇〇万円として修正申告しているのであるから、原告に要素の錯誤があったものとは到底認め難く、無権代理に関する原告の主張は前提を欠き失当というべきである。
四 心裡留保・虚偽表示について
原告は、本件修正申告は民法九三条又は九四条の規定により無効である旨主張する。
しかしながら、修正申告につき民法九三条又は九四条の規定を適用ないし準用することができないばかりか、前記認定事実に照らし、本件修正申告が原告の真意に基づかないものと認めることも到底できないから、原告の主張は失当である。
五 強迫について
原告は、本件修正申告は係官の強迫によってなされたものである旨主張し、証人牧野アツ、同牧野総一郎も、係官の指導を受けた石田税理士から修正申告するよう強硬かつ執拗に迫られてやむなくこれに応じた趣旨の供述をしている。
しかしながら、前記認定事実によれば、係官の石田税理士に対する修正申告のしようようは正当であって、本件修正申告書の提出に当たり、係官が原告代表者あるいは石田税理士を、また同税理士が原告代表者を強迫した事実はなく、本件修正申告は原告代表者の任意な意思に基づいてなされたことが認められるから、原告の主張は失当である。なお、前記認定のとおり、係官は、原告が修正申告に応じなければ更正処分をすることを示唆しており、また、証人牧野アツの証言によれば、原告代表者は、原告が更正を受け滞納処分を受けることになれば、原告から医療施設等の賃貸を受けている日野クリニックの営業が困難になることをも心配し、修正申告に応ずることを決意したことが認められるが、これらの事情から本件修正申告が強迫によるものとはいうことはできない。
六 課税根拠の不存在について
原告は、センターとの間で賃料の改定をしておらず、また、センターは本件各係争年度当時もその後も極端な債務超過で支払能力を欠如しており、賃料債権を回収することが不能の状態にあったから、本件修正申告のうち未収賃料については所得が発生せず、課税根拠が存しないと主張する。
しかし、納税義務者の納付すべき税額は、その申告により確定するのである。そして、法人税法は、右のように申告納税制度を採用して、法人税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた方法(過大申告については更正の請求)に限ることとして、租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応じようとしているのであるから、納税義務者が右の法定の是正方法によることなく、申告内容に過誤が存することを理由として、申告の無効ないし租税債務の不存在を主張し得るためには、その過誤が客観的に明白かつ重大であって、法律の定める方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情が存しなければならない。しかし、前記認定のとおり、原告は、センターに対し、通常収入すべき正常賃料よりも著しく低額の賃料で賃貸していたもので、正常賃料を収益に計上し、正常賃料と約定賃料の差額を寄付金として損金に計上した上、法人税法三七条二項の規定による損金不算入分を所得金額に加算すべき立場にあり、かつ、そのように修正申告をすべき旨をしようようされていたものであるところ、算出される所得金額に大差がなく、原告にむしろ有利と考えられる方法として、正常賃料と約定賃料の差額を未収賃料として計上するという方法を自ら選択し、本件修正申告をしたものであるから、仮に本件各係争年度中において賃料の改定が行われず、センターが著しく債務超過の状態にあったからといって、本件修正申告の無効ないし未収賃料についての租税債務不存在の主張を許すべき特段の事情が存するものとは到底いえない。しかも、原告がセンターとの間で賃料の改定をしなかったかは客観的に明白な事実とはいえず、また、原本の存在及び成立に争いのない乙第一一号証及び弁論の全趣旨によると、センターは本件各係争年度当時営業を継続し、支払停止もしていなかったことが認められ、センターに対する賃料債権が回収不能であったかも客観的に明白な事実とはいえないのである。ちなみに、本件各係争年度の後に右賃料債権が貸倒れになったとしても、本件修正申告の効力に影響を与えるものではない。なお、原告が未収賃料の額の算定に過誤のあることをも主張する趣旨であるとしても、前記認定事実に照らせば、額の算定自体にも客観的に明白かつ重大な過誤があると認めることはできない。
したがって、原告の右主張も採用できない。
七 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 大藤敏 裁判官 立石健二)
目録
一 金四五一四万六〇〇〇円
但し、原告の昭和四八年五月一日から昭和四九年四月三〇日までの事業年度の法人税の修正申告により増加した法人税額
二 金八四三万八〇〇〇円
但し、原告の昭和四九年五月一日から昭和五〇年四月三〇日までの事業年度の法人税の修正申告により増加した法人税額